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家に残したきみへ

  私も本当におしゃべり好きで、子供のようにいくらだって喋れるジフがある。おしゃべりの間にできる生産的なことを諦めて――たとえば語学勉強をするとか、物を書くとか――、はありとあらゆる人生の可能性を諦めて、私たちずっとおしゃべりに時間を費やしてきた。諦めて相手に費やすことがレンアイだと思っていた。君が甘えるとき、私が眠りに落ちかけていても、おしゃべりしようとするのが付き合ってから八年間ずっと変わらないくせで、昨日もやぶさかではなく、夜につく君のわがままを大事な人の言うことだと忖度して今日は三時間くらいしか眠れていません。
 なだめても起きないような昏睡状態がなければ疲労回復することのできない私にとって、子供の矜持は拷問へと変わりました。昼間の本屋業のあいだに写し出された心の苦しみとは、日の終わり、どう解釈しても願い納めの効かないところがあります。今日は疲れたけれども充実感があったとかなく、ずっとけだるく、いらつくままです。そもそも日の始まっていない明け方のうちに1日のさだめを決められているわけですから、ほんとうにいらつきます。ましてや常習化したおしゃべりが、昼職や肝心の批評家としてのわずかな時間を一日ずつ逆方向に穿つようでしたら、計り知れないほどの腹立たしさがあるでしょう。寝不足ぎみの君がいそいそベッドから抜け出し仕事の準備をするとき、おしゃべりを仕掛けた本人は涙路を頬に残したまま気持ちよさげに寝息を立てていたのだとしたら、徹底的に付き合ってどうにかしてこの子をしあわせなにんげんにしなければならないと思うほどの不快感があるはずです。
 体の疲れだけではなく、頭を消耗させると私はぐっすり眠れるのでほんとうに体に良いです。私が眠る前にぐずりだすのは、この世の不幸を嘆いたり、自分の身を憂いて希望の輪郭を掴みそこなって泣いているのではありません。一日のうちに発揮する力が無職で有り余っているので、今まで言ってきませんでしたが元気を使い切っているのです。ちょっぴりネタバレです。
 私はいま、三時間くらいしか睡眠を取れていないので、ほんとうに疲れています。
 11月17日、私が家出した日、ぐっすり眠り午後になってから本のイベントにやってきた君に、私は妙に腹を立てていました。飲み物をこぼしたのも、次の用事に急いでいるのにも関わらずやけにのろく歩くのも、耐えられなかった。それは君の愚鈍なところも君だと認められなくなったからではなく(と思いたい)、私は単に君から切り離されたくなった。大きくて自分を守ってくれる透き通る幕の内側から突き破って、止まれぬ後悔をしたくなった。

 電車の中で静かな喧嘩をした君と私は、電車が止まって開いた瞬間、門構えからでていくと、キャリーケースの体がロックのかかったまんま投げ出されるように知らない駅に転がり落ちた。結果的に私は君をいらなくなったのではないかとおもう。昨日までは君という胎内でひっくりかえっても、どこにも行けなかった昨日までとは違う。振り向けば、君の姿が遠く離れていった。
 不幸とは人にとって嫌なものであるのだが、私はそれを自分の内側にできるだけかみしめておきたい。内側から滲み出し空気に触れた緋色のあざを誰にも見えないように隠しておきたいのだった。私はいつの間にか、母体からひりだされたから、自分の内臓というものをもつことができた。赤ん坊のままだったら、私自身もきっと内臓のままだっただろうから。ここは知らない街で、知らない私、進むと昨日までとは違う、奥行きを感じる。生まれなきゃよかったと思えないのは、8年という月日によって君から産み直されたからなのだろう。
 話は今朝のことに戻ります。本屋の仕事をするために寝ぼけた頭をシャワーで冷やし、ドライヤーで髪を乾かし、ヘアアイロンでまとめていると、手首の動きをあやまって高熱の鉄の棒が首元に当たり、あとつく怪我をしました。不測の傷が朝の洗面所に立つ私には、なにか決定的な印のように思えたのです。まるで印がついた未来をそうでない未来が同時に存在し、その鏡一枚ほどの隔たりで姿形はおなじでも全く別人になってしまうこと。君はその違いに気がつくでしょうか。印がついている私とそうでない私の決定的な違い、それは印のことを君に気がついて欲しいと思わなかったことです。内縁の関係と言っていいのか、ながい同棲生活のなかで、すっかり甘やかされ、複雑な家庭環境により小さい頃から大人にならざるを得なかった未成熟な私を救うように育ててくれた君へ、この肌の美妙(びみょう)な傷つきを知られたくなく秘密にしておきたかったのです。そういう境を得た。境を得たものが自立を巡らせるとは限らないが、自立し得るものは必ずこの境を知らねばならない。

 君は左右から迫って閉まる扉の間から間抜けな顔をした。愛情に苛まれ苦悶に満ちた、どうしようもない顔をした。後者よりも前者が頭脳運動よりもちょっと鈍く、人間みたく働くとき君はいつも私に申し訳ない態度になった。列車が動き始めた。目と口と鼻を開きっぱなしで人間のふりをするためにいろんな光景についてくるところに、君の、私に対する愛情を感じた。僕は不適切な存在ではない。人を愛し、それに耐えうる人格だと。僕の臓器はひとつもかけちゃいないし、おかしなところがない。だから、だから、心配するのだと言いたげな。いつも君の優しさに感じる人間を演じようとする滑稽さがある。まず身振りから人を愛す実験をするうぬぼれに、ほんとうの愛も8年のうちに増幅していって、私が産み出されたように、君も君という人間になっていったんだね。

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