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2026/04/07、2026/04/08

5月23日
読了時間: 3分

2026/04/07

 昨晩、サイゼリヤで作業をしていたところ、夫から連絡が来て友達と吉祥寺で呑んでいるという。家のガスが止まってしまっていたこともあって、人寂しく、普段ならこんなことはしないが、飲みに参加。その後、シーシャ屋。日付変わって午前3時。タクシーで夫宅そばまで帰宅。初めての水タバコに体を悪くして、酸欠気味でタクシーを降りるや否や、路上へサイゼリヤを放射する。吐いたものを見て、食物の記憶か、夕方まで悲しい気持ちでサイゼリヤで一人で文章を書いていたことを思い出す。酒飲んで吐いてでもしなきゃやってられねぇーなクソが。しけてんな、残りの人生せいぜい楽しくやろうぜクソが。いま、できてるな、罪悪感なく、吐けているな、お母さん、食べたのにごめんなさい、でも見捨てたりひどい言葉を浴びせる人の食事を吐かずにいられるか、それしか食べるもんがなくて摂食障害になった10代の私はもういない。自由だ。うまく気持ち、よく食べてよく呑んで吐けてて嬉しい。夫はこういう時、介抱しない。夫の方が酔っ払いの果てになるのがなれていて、こんなもんか、ぐらいに私のこと見ている。あとゲロが好きなので、嫁のゲロを見て喜んでいる。

2026/04/08

 昨日から二日間、眠り続けていた。沈んでいた気分が良くなってきた。
 5月の文学フリマに組版とデザインを間に合わせて欲しいという二つの案件、ずっと搾取気味で気掛かりだった。私がその作業をする代わりに相手方の批評家に私の小説の解説を書いてもらうという等価交換だったが、作業量と時間のタイトさなどを鑑みて、等価交換ではなく、貨幣を介在させた事業者同士のやり取りとして成立させた方がトラブルが少ないだろうという話で相手方に持ちかけ、話がまとまる。今後、文学フリマという市場が大きくなるにつれて、こういう個人間のやり取りは増えていくだろうけれど、期日とか金額とか曖昧にしない方がいい。なあなあだとせっかく築き上げた文学好き同士の絆がたかだが金のことで無碍になってしまいかねない。人類が築き上げてきた資本主義というものに乗っかりながら、ほかの検討の余地を探した方が良いように思える。この件に関して、世渡りの点ではほぼ青二歳の自分ひとりでは対処できなかった。ゲロ好きの夫が先見の明をもって教えてくれた。そこは的確なのかよ。ゲロはというと、この滞在してから二日間、私は外に出ていないからわからないけれど、まだずっと外にある。1日目の朝はちゃんとあったが、夜に夫が帰宅する時には、土地の管理者が処理してくれたのかほとんどなくなっていて、(「あっなくなったぞ!」と思ったそうだ)、夫は「鳥に啄まれた」という意見を断固として変えなかった。それが頑なだったかどうかはわからないが、ゲロが鳥に啄まれて無くなるというイメージが鳥葬や食物連鎖を連想させて私のお気に入りだったから、夫が偏屈に意見を曲げなかったと他人の行動さえも捻じ曲げて記憶しているのかもしれない。10代の不自由な自分を部分的に葬ってあげられた気がした。真っ暗な夜。夫の家から自分の家へ帰ると、ガス代を払ったせいか、コンロのなかで飼われている鳥がジジジジ……と鳴いて蒼い炎がパッとついた。
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