『この度、阿佐ヶ谷を引っ越すこととなりました。そう遠くには行きませぬ。—放蕩書店大感謝フェア—』
- 宗沢香音

- 2 日前
- 読了時間: 5分
家の配線を全部ネズミに噛まれても、猫と一緒にいれば暖房より暖かい。金なら誰かにせびればいい。人の金でたらふく食って、気持ちよくなったまま死にたい。やっぱいいや、わたし、ひきこもんない。自分で金稼いでピアス開けて、太ももの誰にも見せないところにタトゥーを入れて、酒飲んで村に火をつけ白痴になる。
いってまえ! イソベさんの笑顔を見ると、どんと背中を押された気になって、やりたいことやっちまう。
お店の近所に住んでいるから、店番させてもらったり私生活までお世話になった。この2年間はとてつもない猛烈なものに突き動かされて目まぐるしい日々だったが、ずっとイソベさんというエンジンを積んでいて、絶対に大丈夫と思わせてくれたから、なんでもできた。暖かい太陽のような健康な人を見ると、自分の体が弱いせいもあってか、とても清々した気持ちになる。強くて羨ましいという僻みではなく、イソベさんが元気そうに生きていると、ビールのプルタブを開けたようなスカッとした音が聞こえてくる。耳の内側で高揚感のため聞こえている場合もあるし、実際にイソベさんが酒を開けている場合もある。
阿佐ヶ谷にお店ができて2年近く経ち、店を覗くと常に誰かがいるようになった。ちょうど一年ぐらい前の月曜日は、お客さんがいない時によく二人で駄弁っていた。いろんな話をした。社会のこともケアのこともお互いの身の上話もしたし、仕事やちょっとしたたわいもない話もした。ゆっくり話すのは1時間、2時間ではなく、タイパ・コスパと言われている今じゃ考えられないけれど4時間ぐらい平気で話していたと思う。(たった一年前のことを20年も前のことのように話すということはやはり私も時間どろぼうに侵されているせいなのだろう)話すことがなくなったら、パソコンを開いたり本を取り出したりして好きなことをしていた。天井を見上げると、以前個展やった時に詩のパネルを吊した画鋲の穴が空いていた。「賃貸なのにいいの?」と聞くと「いいの」と言った。店という身体には、そういう取り返しのつかない愛おしい傷がいくつも積み重なっている。それがなんの傷なのか全部知っているのは、イソベさんだけだ。
最近読んだ本で、ミッシェル・セールというフランスの思想家が面白い身体論を打ち出しているのを思い出した。タトゥーといえば、今でこそ人の名前やキャラクターなどのモチーフが使われることが多いが、まじないや呪詛、フェティシズムの領域においては幾何学模様が主に使われていた。体の中で流動する魂が通った痕跡を巫女たちは刺青として残すものなのだという。魂は頭にある、心臓にある、と言われても、体の中にあるものだから目で見ることが叶わないが、ミッシェル・セールによると魂は皮膚と皮膚の接触点にあるのだという。悔しくて唇を噛めば、唇と唇の間に。泣いてしゃがみ込めば太ももと太ももの間に。自分の体を抱くように腕を組めば、腕と腕の間に。そこにかつて魂がいた痕跡にタトゥーを入れるらしい。逆にいえば、もうすでに魂が引っ越した印、かつてあった魂が他のところで生き続けている証拠である。
店内の画鋲跡、何かの傷、何度も変えられたレイアウトは、そこにかつてかけがえのない人たちと接点があったという星座の連なりであり、新しい場所に魂が移ったという宣言である。タトゥーというのはそもそも点描で皮膚の傷口にインクを定着させる手法であるけれど、傷は自らを貶めたり欠損させるためではなく、イソベさんの店ではポジティブな修了として与えられる。人によっては店に訪れることがモラトリアムだったり、サードプレイスだったり、時代だったり、たまたまだったりするが、そのどれもに対して、いってまえ! とイソベさんは背中を押すと思う。全肯定でもなく、生きている個人として。いきなりの引越しでまだ段ボールの荷造りも気持ちの整理もままならない、胸いっぱいの自分でも、背中の皮膚にどんと押された手形の熱を感じるのだ。
もう私は出店してお金を稼ぐということができないと思う。来てくれる人が嫌いになったわけでもない。新しい人と話すが辛いわけでもない。周りの本屋がそれぞれ放つ作家性に圧巻されているところはある。本屋という身を削っての生活とそれぞれ読んだものの実践が恐ろしい執着で行われている。怯んで本屋をやめるのではなく、それらに応答できる狂気が私には小説しかないのだ。戦争の兵隊服の行進がザッザッと引きずるようなリズムを立て聞こえてくるご時世において、時代要請に最大限に反応するのだとすれば、人の時間を豊かにできるのは、本屋でも、絵でも、メイドでもなく、やはり繰り返し古典で掻き回された物語の肥やしなのだ。
阿佐ヶ谷に来てあんまりにも適当な大人を見た。家の配線を全部ネズミに噛まれても、猫と一緒にいれば暖房より暖かいから平気だし、金なら誰かにせびればいい。劣等感はない。人の金でたらふく食って、気持ちよくなったまま死にたい。やっぱいいや、わたし、ひきこもんない。自分で金稼いでピアス開けて、太ももの誰にも見せないところにタトゥーを入れて、酒飲んで村に火をつけ白痴になる。かつて自傷しかできなかった私が、たった二年のせいでここまで変わったのだから、魂はもうすでに阿佐ヶ谷を離れ、好きにやっていることだろう。

6/13(土)・6/14(日) 14:00–19:00 @ 阿佐ヶ谷ISBbooks
放蕩出版やグッズ、取扱本などが一堂に返します。一部商品ちょっとだけお安くします。感謝を込めて。※6/13は明滅在廊 ※6/14は完全在廊



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