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男娼かもしれない/人間観察 vol.1 サイゼリヤ

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 トキ夫には大好きな部屋がある。三〇一号室のベッドサイドのダイヤルをひねり暗闇にすると、天井に貼られた仕掛けが動いて、魚の群れがあまたの電光ともに照らし出された。
<おさかな!>
 トキ夫のこころに光明が灯る。ベッドに横たわったまま、映し出された熱帯魚の知識を連ねていく。横でうんうん、と話を聞く私のこころには、せいぜいこんな絢爛な装飾はバブル期に浮かれて作られた時代の遺物でいずれ忘れられていくだろうという風にしか映らなかったが、彼の口から発せられる、小柄な<おさかな!>という言葉を撫で、吐息のにおいを肺いっぱいにため込むように嗅いでいた。彼は図鑑の意味より過剰のような言い方で、うんと賢くなっていくのである。トキ夫は完全にメタモルフォーゼを遂げてしまったのではない。閏に籠った彼と職場での彼とでは、声を通してつながっていて、小学生博士の<言葉>と彼が朝礼で規則事項を伝達する<言葉>とには、突拍子もないのだが、戦時中のような気迫がある。想像力のたどり着くところ、そうなのだ。うまく言えないのだが、製図を広げた軍司令官某の立ち振る舞いがどちらにも、どこかに潜んでいる。

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