もしも自由になったらhoutoubooks7月14日読了時間: 4分 お父さんに新しい恋人が出来て、少女はこの町とおさらばしなきゃならなかった。お母さんが死んでからというもの、お父さんは、とっかえひっかえ色んな女性と付き合った。自分の妻の「代わり」を求めては、お父さんは強引に付き合った女性の家へ、娘と一緒に押しかける。この町の女にフラれてから三日も経たないうちに、いくつかの町を越えた国道沿いのレストランで、とびきりキュートなひとまわり下の娘にゾッコンになった。真夜中に車で帰ってきたお父さんのクラクションに目を覚ました少女は、隣で寝ていたカエルを起こさないようにリビングへ向かう。国道沿いのレストランから帰ってきたお父さんは酔っ払っていて「引っ越しだ! 引っ越しだ!」と騒ぎ立てていたので、やはり起きてしまったカエルは呆然と立ち尽くしている少女の隣に寄り添った。このカエルは、ある日、家の玄関前で雨宿りをしていたところを無理矢理捕まえてペットとしたもので、少女にとって、もてあそんで殺したペットたちの「代わり」だった。 これまでの町と同様、未練なんてもんは一つもなかった。少女はこの町の人々に嫌われていた。いたずら好きな彼女は担任の先生の椅子に画鋲を仕掛け、近所の犬を逃がし、クラスメイトの少年を泣かせた。ほかにも数え切れないくらい、色々やった。 旅立つ夜、鉄で出来た鳥かごにカエルを入れた少女がお父さんの赤い車へ乗り込もうとしていたとき、クラスメイトの少年はやってきた。彼の手のひらにはセキセイインコが横たえており、おだやかに目を閉じたまま足をピンと伸ばし死んでいた。カエルがはいっている鳥かごは、もともと飼っていたセキセイインコのものだった。アイロンで黄色い光沢のある羽をプレスしたときに弱り、ついには死んでしまったから捨てたのだ。土に埋めるのではなく、フリスビーみたいに河原に投げてやった。少年はそれを探して拾い、少女に差し出した。「この子、ちゃんと町を出る前に供養してやりなよ」「やだね、そんな汚いの。それに今はカエルがいるもの」 お父さんが車にキーを差し、エンジンが唸る。下痢のような音を立てて、エアコンが夜の熱気を吐き出す。中古車は徐々に加速し始めていた。「待って、君は次の町でも同じことなのかい? 全部忘れちゃうのかい?」 少年は全速力で走り、息絶え絶えに言葉を紡ぐ。「君がもっと大人になって自由になったら、きっとこの町に戻っておいでよ。そのときは僕が作ったセキセイインコのお墓の前で、一緒に手を合わせよう。きっとだよ!」 そう少年が叫んだとき、車は完全に彼を突き放し、壊れかけのヘッドライトで闇夜を照らしながら砂利の上を走っていた。道路の凸凹を通り過ぎる度に、カエルは鳥かごの中で跳ね上がる。少女が助手席の窓から外を見ると、そこにはものすごく大きなまあるい月が浮かんでいた。まるで画用紙を切り取って空に貼り付けたみたい。今にも剥がれ落ちそうだわ。少女は少年のことを思い返した。ぜんそく持ちのくせに、走って大丈夫なのかしら。まったく。無理しちゃって。馬鹿みたい。けれどすぐさま少女は思い直す。ふん、ちっともこの町に未練なんてないんだから。「お父さん、なんか音楽かけて」 夜だというのにサングラスを取ろうとしないお父さんは、ガムを噛みながら手元のカセットテープをセットした。陽気なスカとレゲエの雑種みたいな演奏が始まり、やがて黒人の声が混じっていく。 いつかもっと大人になって自由になったら、私はどこに行けばいいの? 少女はもう一度、満月を見上げた。その瞬間、カエルは鳥かごから飛び出し、満月に届かんばかりにジャンプした。バックミラーにつり下がっていた半笑いのインディアン人形にぶつかって、少女の膝に落ちた。カエルは腹を見せた状態のまま、足を小刻みにけいれんさせていたが、やがて動かなくなった。まったく、どいつもこいつも馬鹿なんだから! 少女はそう嘆くとカエルを掴んで窓から投げようとしたが、少しの間にふと思い直し、鳥かごの中にそれをしまった。それから小さなため息をついて、窓の外を眺めた。
コメント