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公園遊具 /FUJIO KITO

2月21日
読了時間: 1分
 

 夜中に裸足のまま家を抜け出したときの、あの胸の高鳴り。
そのせいか、公園の遊具はいつもより大きく呼吸しているように見えた。
昼間はただの構造物だったはずなのに、夜には影をまとい、息をひそめている。
むかしは動いていたのだと思う。
 それからこっそり子供部屋のベッドに戻り、イルカの置き時計に見つめられながら、時間が過ぎるのを待つ。夜風にあたり流失した体温よりも、あの生き物たちの包み込むようなぬくもりが子供の汚れた両足からじかに昇り、やがて大人になる頃まで私を見守った。

 大学生になった私は、久しぶりに実家に戻り、あの公園を通った。かつて巨大だった遊具は近所の子供達とたくさん遊んだようで、塗装もはげ色も褪せ、歳をとっていた。しかし、夜になってイルカの置き時計と対峙するたび思うのだ。今もこんな夜には、こっそり動いているのかもしれないと。


『公園遊具/ FUJIO KITO』 シリーズは、公園遊具という彫刻に焦点を当て、各地で撮影されたものだ。夜に撮られたマテリアルは濃い影を落とし、昼とはまったく異なる表情を浮かび上がらせる。
そこにあるのは、大人の視線ではなく、かつて遊具を見上げた子どもの高さのまなざしである。

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